├─≠ョ─ヵラスとクリス・オクスプリング

├─≠ョ─ヵラス カーブ
├─≠ョ─ヵラス









├─≠ョ─ヵラス イプスウイッチ州立高校を卒業後、アメリ独立リーグのクック・カウンティーに入団。2000年秋にトライアウトを受け、サンディエゴ・パドレスと契約。2004年のアテネ五輪ではオーストラリア代表で出場。エースとして2試合に登板し、14回2/3を無失点。日本との準決勝では6回2/3を5安打無失点の好投で、ジェフ・ウィリアムスにつなぎ、チームの銀メダルに大きく貢献。2005年は3Aで12勝を挙げ、9月2日にメジャー初昇格を果たす。
2006年の第1回WBCオーストラリア代表に選ばれていたが、同年に入団した阪神でのプレーに集中するためにウィリアムスとともに代表を辞退。オープン戦の序盤こそ本調子ではなかったものの、徐々に調子を上げていき、見事開幕ローテーションを勝ち取った。しかし、立ち上がりが良くても4〜5回あたりで突然炎上する悪癖があり、シーズン4勝に終わり、1シーズン限りで退団した。
2007年、ミルウォーキー・ブルワーズマイナー契約し、7月に韓国・LGツインズと契約。LGでは先発投手陣が手薄なこともあり、2008年は右の先発の1番手として活躍した。なお、2009年もLGと契約し、同球団で3シーズン以上在籍することとなった初の外国人選手となったが、開幕前にひじを痛め、結局手術が必要とされ1試合も登板しないまま5月にLGを退団した。
2006年の前大会は出場を辞退したが、2009年の第2回WBCオーストラリア代表に選ばれた。
2010年はリハビリに努め、一時期は古巣LGツインズへの復帰も検討された。11月からオーストラリアン・ベースボールリーグ(ABL)のシドニー・ブルーソックスに所属し先発で好投を続け、12月にデトロイト・タイガースマイナー契約を結んだ。

阪神時代の愛称は「オックス」「オク様」など。阪神甲子園球場などでは名前が長いため「オクス/プリング」と改行されて表示されていた。打撃はトレイ・ムーアのような綺麗なスイングで、得意としていた。
なお、2006年6月17日、大阪ドームでの対オリックス戦に先発したとき、相手の投手の名前が「オバミュラー」だったので、洒落で「『オク様対オバ様』という関西らしい組み合わせだ」と話題になっていた。オクスプリングはLG、オバミュラー三星ライオンズと2人とも2008年は韓国プロ野球でプレーしたが、オバミュラーがシーズン途中で成績不振により解雇されたこともあり、両者の直接対決が実現することはなかった。